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ソーシャルワーク研究会便り18

2022.8.15

特定非営利活動法人 東京ソテリア 塚本さやか


精神保健福祉事業者が取り組む制度外事業の一例 ~精神科病院のない国イタリアとの共同プロジェクトを中心に~


 東京都江戸川区で活動しているNPO法人東京ソテリアの取り組みとして、制度外事業として独自におこなっている事業を2件報告させていただいた。


1. ソーシャルファーム事業

 東京都では、「都民の就労の支援に係る施策の推進とソーシャルファームの創設の促進に関する条例」(令和元年東京都条例第91号。以下「条例」という。)第10条及び第11条の規定に基づき、ソーシャルファームの創設及び活動が始まっている。令和2年6月17日に「東京都ソーシャルファームの認証及び支援に関する指針」を東京都が公表したことを受け、当法人では都の支援対象となるソーシャルファーム(東京都認証ソーシャルファーム)事業者認証に応募し、令和3年3月5日に予備認証事業者に選定、令和3年9月1日付で認証事業者に選定された。

 「ソーシャルファーム」とは、自律的な経済活動を行いながら、就労に困難を抱える方が、必要なサポートを受け、他の従業員と共に働いている社会的企業のことを指している。条例において、ソーシャルファームは、以下の事項を満たす企業を社会的企業と規定している。 ①事業からの収入を主たる財源として運営していること。 ②就労に困難を抱える方を相当数雇用していること。 ③職場において、就労に困難を抱える方が他の従業員と共に働いていること。


 そこで、当法人では、ソーシャルファーム事業のメインターゲットを、精神障害をもつ滞日外国人とすることを検討した。外国人でかつ精神障害の問題を抱える方を積極的に雇用し、ともに働くことで、インクルーシブな社会づくりに寄与したいと考えた。多文化間での移動では環境の変化の中でメンタルヘルスの問題と直面することは珍しくない。滞日する外国人の中には、精神障害の状態にある方も多く存在するものの、日本の障害者支援の枠組みには繋がっていない方が多くいる。外国での慣れない生活の中での困難に加え、精神障害という二重の困難を抱えることになる。

 当法人ではこれまでに、イタリアの社会的協同組合と、「日伊精神障害者共同就労支援プロジェクト」をおこなってきた。その実績からそのノウハウを生かし、協同組合モデルでの運営をおこなっていくことを目指している。事業内容として、東京都新宿区四谷一丁目事業所にて食料品の製造販売事業を開始している。また、フェアトレード輸入販売の準備もおこなっていく。発表時にはその時点での事業進捗と課題等について発表させていただいた。


2.世界精神保健デーにおける演劇活動

 イタリアで、精神科病院の廃止を定めてから44年、医療や福祉の支援者はどのように革新を支え、当事者と家族、地域社会はそれをどう受け止めてきたのであろうか。東京ソテリアでは、2018年10月、ボローニャで活動するアルテ・エ・サルーテ(エミリア・ロマーニャ州立ボローニャ地域保健連合機構精神保健局の患者達によるプロフェッショナルな劇団である非営利団体)を招聘し公演活動をおこなった。その活動は大きな反響を呼び、2020年10月の再招聘再公演が決定した。

 1992年以降、毎年10月10日を世界精神保健デーと定め、メンタルヘルスについての意識啓発と偏見をなくす活動が行われている(世界保健機構: WHO)。我が国においても、精神疾患や精神障害者に対する正しい理解の促進を図るため、様々な活動を通じて普及啓発が進められている。特に、精神障害者福祉の現場においては、「入院医療中心から地域生活中心へ」という方策を、当事者や当事者家族を含めた地域の共通認識とすることが重要となってきている。  当法人は、啓発活動を支援する観点に立ち、精神科医療の脱施設化に成功したイタリア共和国での交流を行い、当事者・当事者家族・障害者福祉関係者の意識の向上に努めてきた。数年来継続して全国公募をおこない、有志とともにイタリアボローニャに訪問し、現場の医療職、福祉職、当事者、家族が直接イタリアでの取り組みに触れ、日本に持ち帰りその後も日本への援用について各地で議論を重ねているところである。こうした直接的な交流を踏まえた上で、精神障害者支援を取り巻く社会の在り方を検討し続け、地域精神保健の一助になるべく活動をおこなっている。

 2020年の世界精神保健デーに再企画したボローニャとの共同演劇プロジェクトについては、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け2021年10月に公演を延期した。その間も稽古は継続したものの、2021年開催時においても感染拡大が収まらず、場面ごとに各地で撮影した映像を編集し1つの作品に仕上げ、各地毎に上映会を行い、また、映像は広く一般に配信をおこなった。今年度はその映像作品を使用し、同演目を生の演技とあわせ、少人数でも効果的に表現する方法を模索する。また、本番公演を世界の精神科病院とオンラインでつなげ、その後のトークセッションやワークショップでは昨年度制作した映像作品を用いる形でおこない、精神障害者の表現活動を病院の中にいる精神科患者に直接つなげていく。これらコロナ禍における継続した芸術表現活動の在り方を含め、今後の精神保健分野における演劇活動の展望をご報告させていただいた。


 今回はいずれも、精神科病院のない国イタリアとの共同プロジェクトを中心にご報告させていただいた。精神保健福祉事業者が取り組む制度外事業の一例としての発表となったが、今後も制度内外にかかわらず必要な支援を模索し続ける姿勢を持ち、社会づくりに直接アプローチする取り組みを展開し続けていきたい。

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