top of page
検索

ソーシャルワーク研究会便り19

2022.9.24

竹沢昌子


ユダヤ系アメリカ人ソーシャルワーカー ローラ・マーゴリスの活動から

ソーシャルワークの過去・現在・未来を考える


 第43回ソーシャルワーク研究会において、1920年代にソーシャルワークの専門教育を受け、ホロコースト時代を中心にユダヤ難民の救済活動に尽力したユダヤ系アメリカ人ソーシャルワーカー、ローラ・マーゴリス(Laura Margolis, 1903-1997)について紹介し、ソーシャルワーク実践の歴史を学ぶ面白さや、その歴史から得られる教訓を通して、今日そしてこれからのソーシャルワークについて、参加者の皆さんと語る機会をいただきました。

 ソーシャルワークの歴史に登場する人物といえば、何か先駆的な事業を起こした実践家であったり、ソーシャルワークの理論家であったりすることが一般的です。マーゴリスのように組織に雇用されて働いた一人のソーシャルワーカーにスポットがあたることは、ほとんどありません。報告を聞いてくださった皆さんから、「勉強不足で、マーゴリスのことは初めて知りました」という謙遜の声が上がりました。一人のソーシャルワーカーであったに過ぎない彼女のことを知っている人は、実際のところ、そう多くはないでしょう。

 ソーシャルワークの歴史を学ぶことで、社会福祉の制度やソーシャルワークの理論の発展について知ることはできても、個人のソーシャルワーカーの実践や奮闘ぶりを感じ取るには至らない。長い間、そんな物足りなさを感じてきました。私は理論の歴史が好きで、例えば、エイブラハム・フレックスナー(Abraham Flexner)による「ソーシャルワークは専門職か」(Is Social Work a Profession? 1915)やメアリー・リッチモンド(Mary Richmond)による「ソーシャル・ケース・ワークとは何か」(What is Social Case Work? 1922)など、ソーシャルワーク創成期の議論にも関心があります。

 しかし、それらの議論から、当時のソーシャルワーカーたちが、同時代に発展した専門教育で具体的に何を学び、その教育をどのように活かして実践していたのか、実践においてどのような課題や困難に直面していたのか、また、どのようにしてその困難を乗り越えていたのかなどについては、なかなか見えてきません。マーゴリスというソーシャルワーカーの研究を通して、私が関心をもっているのはソーシャルワーク専門職の歴史であると同時に、ソーシャルワーク実践の歴史であり、ソーシャルワーカーの歴史なのだと気づくことができました。

 研究会での報告では、マーゴリスが実践において数々の壁にぶち当たったこと、専門職としての教育と経験を重視していた彼女はその度に「私の専門職としての原則(my professional principles)に基づいてその壁を乗り越えようとしたこと、それまでのトレーニングや実践経験によっても乗り越えられないような極限状態の事態に至っても、難民当事者が自分たちで考え決めていけるように励まし続けたこと、などを紹介しました。

 報告の後に、参加者の皆さんから「これまでのソーシャルワーク実践の中で感じてきた困難や倫理的な葛藤」についてお話していただきました。「国家資格をもっているからといって、自分に専門職としての自負があるのか?」「個人の専門性も大事だが、組織としてその専門性を担保できているのか?」「資格すら必要のない現場で働いている」「人権や社会正義など、ソーシャルワークの原則というより人類の普遍的な原則すら、他の専門職と共有できていない気がする」などのお話をいただきました。

 確かに、マーゴリスの生きた時代と私たちが今、生きている時代を比べると、多くの点で異なっています。しかし、参加者の皆さんが感じている実践上の課題は、マーゴリスが直面した課題と通じるものがあるように思います。また、直近ではロシアによるウクライナ侵攻に見られるように、世界中には祖国や故郷を追われる難民たちが絶えません。マーゴリスの実践や思想に見られるソーシャルワーク専門職の原点のようなものは、今なお私たちに重要な視点を投げかけているのではないか。参加者の皆さんのお話をうかがいながら、改めてそう実感できた報告となりました。ありがとうございました。


【ローラ・マーゴリスの略歴】

1903年  オスマン帝国のイスタンブール近郊に生まれる

1908年  両親と弟と共にアメリカのオハイオ州クリーヴランドに移住

1926年  オハイオ州立大学で学士号取得後、クリーヴランドのウェスタンリザーブ大学で

     ソーシャルワークの専門教育を受ける

1928年~ クリーヴランドやニューヨーク州バッファローにてユダヤ移民の支援にあたる

1939年~ アメリカ・ユダヤ人合同配分委員会(The American Jewish Joint Distribution

     Committee, 通称「ジョイント」、1914年にニューヨークに設立)の海外スタッ

フとして、キューバのハバナと上海にてホロコーストから逃れてきたユダヤ難

民の支援にあたる

1944年~  ヨーロッパにてユダヤ難民の支援にあたる

1950年  ユダヤ人活動家のマーク・ヤ―ブルーム(Mark Jarblum)と結婚

1953年~  夫ともにイスラエルへ移住し、ユダヤ移民の支援にあたる

1983年  アメリカのニュージャージー州に転居

1997年9月7日 死去(享年93歳)


 マーゴリスはその功績を称えられてベルギー政府から勲章を授与され、死去した際にはいくつかのアメリカの新聞がその訃報を報じた。


【参照】

 竹沢昌子「ユダヤ系アメリカ人ソーシャルワーカー ローラ・マーゴリス(Laura Margolis)のユダヤ難民の救済活動と現代ソーシャルワークへの示唆」(『上智社会福祉専門学校紀要』第17号、pp.71~94、2022年)

 丸山直起『ホロコーストとアメリカ ユダヤ人組織の支援活動と政府の難民政策』(みすず書房、2018年)

最新記事

すべて表示

ソーシャルワーク研究会便り20

2024.316 一般社団法人国際ソーシャルワーク協会代表理事、日本女子大学名誉教授 木村真理子 1.グローバリゼーションと国際ソーシャルワークの背景 グローバリゼーションの現象は加速し世界中に様々な影響を及ぼしている。この現象はグローバルとローカルを接近させ、グローカルということばを生み出し、グローバルノース(地球の北側に位置する先進諸国)とグローバルサウス(地球の南側に位置する発展途上の諸国)

ソーシャルワーク研究会便り18

2022.8.15 特定非営利活動法人 東京ソテリア 塚本さやか 精神保健福祉事業者が取り組む制度外事業の一例 ~精神科病院のない国イタリアとの共同プロジェクトを中心に~ 東京都江戸川区で活動しているNPO法人東京ソテリアの取り組みとして、制度外事業として独自におこなっている事業を2件報告させていただいた。 1. ソーシャルファーム事業 東京都では、「都民の就労の支援に係る施策の推進とソーシャルフ

ソーシャルワーク研究会便り17

2022.8.1 名寄市立大学 小泉 隆文 「農福連携」という言葉は浸透しているのか? 10月23日に『農福連携とソーシャルワーク』というテーマでご報告させていただいた。報告の内容は、わが国における農福連携の現状を既存の統計やアンケート調査を用いて概観したものや、実際に私が障害福祉サービス事業所で経験したものであった。 近年、農福連携はさかんに取り組まれている。農福連携という言葉がまだない時期に、

bottom of page