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ソーシャルワーク研究会便り9

2021.1.22

馬場拓也


福祉をひらく、地域をつなぐ


 今回は情報提供者として、愛川舜寿会の取り組みとその理念、そして「一部」空間のあり方をお話させていただいた。内容は当日お伝えしたとおりだが、その意図をあらためて伝える記事とする。 1.「僕らのまちは〜」からはじまる(愛川町の現況:高齢化率、外国人比率7%など)  ここでは「事業」の説明ではなく「実践/活動」の説明としてお話したつもりだ。愛川町というフィールドの特徴を理解せずに「方法論」やソーシャルワーク(以下SW)やケアワーク(以下CW)という「機能」という狭義の議論のその前に、「フィールド」の特徴を知ることが必要だからである。メジャーリーグで例えるならば、NYヤンキース本拠地のヤンキーススタジアムで試合をプレイする(我々で言えばSW/CWか)場合、両翼のスケール、その地の気候や湿度、芝の長さや硬度、マウンドの高さ、グランドの土の質、あるいはファン(サポーター)の気質、などを事前に調査、理解し、その上で次に相手(我々で言えば支援対象者や地域の人)への戦略や対峙方法を組み立てるのが当然ではないか。その前提をスキップして、SWやCWは語れないというのが私の「当たり前」である。福祉事業が展開される際に、その地域の文脈や風土や慣習は双方にとってのケアの共通資本になり得るはずである。

2. 思想表明としての「壁崩壊」とコミュニティ

 特養を囲む壁をハンマーで打ち壊す。これはある種センセーショナルなパフォーマンスに捉えられることがあるが、確かにこれは2代目経営者である私自身の地域への「思想表明」であることと、空間的社会実験とも言える。コミュニティというテーマを考えるには、コミュニティという「姿が見えない相手」の輪郭、生成過程や背景を知らなければならない。たとえば、−−−全国にあるお寺の数は約8.6万、神社の数は約8.1万であり、これは平均して中学校(約1万)区にそれぞれ8つずつという大変な数である。考えてみれば、様々な祭りや年中行事からもわかるように、昔の日本では地域や共同体の中心に神社やお寺があった。“日本人は宗教心が薄い”というような見方は、戦後の高度経済成長期に言われるようになったことだと思われる。これほどの数の「宗教的空間」が全国にくまなく分布している国はむしろ珍しい。戦後、急速な都市への人口移動と、共同体の解体そして経済成長への邁進の中で、そうした存在は人々の意識の中心からはずれていったのである。(広井2009)  その上で、社会構造や「都市や農村の歴史的変容」を 鑑みても、我々社会事業家には虫の目と鳥の目で地域を見渡し、人工知能(AI)では認識できない、現代における「物の過剰化」と基本的生活環境の「問題の希少化」の中に、それでもなお埋没している細かなズレや課題を発見する能力が求められているように思う。様々な課題をいかに発見し、その課題と課題のその隙間をつなげたり、時にはセパレイトしたりできるか。地域社会の中で福祉を担う“人の前景化”がされたその上で、その追い風としてのICTやAIなどのテクノロジーの活用や空間(環境)的支援という視座が求められるのである。コミュニティの脆弱化、複雑化、多様化という課題解決に、福祉はこれまで以上にテクノロジーや空間計画(建築)との接近が求められる。 3.空間がもたらす社会資源の連関 −−−−「古典的なコミュニティ再生論を信じて、広場や公園といった公共空間を創出することだけでは、コミュニティの再生にはほど遠い。個人と建築や巨大な都市との間をつなぎ共生させる何らかの空間装置「中間領域」「共有空間」が必要ではないだろうか。地域や職場のそばにある安全なシェルターとしての公共空間・共有空間があまりにも少ない。都市の中の個の孤独を救う道はあるか。都市の中の個と個の不信感を取り除くことはできるのか。」(黒川2006)  特養の壁を取り除き、地域と福祉施設の中間領域(前庭)を地域に開放した。大きな変化を求めたものではなく単純にブラックボックス化されている「福祉の営み」を「解きたい課題」としてフォーカスした、福祉的営みの“一部”の可視化である。入居者、利用者、職員、介護施設での営みがまちの風景になること。そしてそれに気脈を通ずるように、地域の人と職員が「特養という場所」「福祉という営み」を認識し、呼応し合うような、双方からの意識変容が必要だと思ったからに過ぎない。2016年、奇しくも時を同じくして相模原障害者施設殺傷事件が起き、計画を延期する声もあがったが、「境界の越境」というテーマであったこのプロジェクトは、この事件の直後だからこそ「課題の設定とその解決」を一部再考させられたことで、社会的意味を持たせた結果、価値をもつ「プロジェクトデザイン」になったと言えそうだ。外形的ではなく、そこに生み出された価値は、我々自身があの事件を思考させられるきっかけの創出や、地域、農村型コミュニティ、テーマ型コミュニティ、福祉の課題とともに整理すべき地域課題の抽出にもなった。また、実践研究と学びをパラレルで進めるきっかけともなった。それはやがて当法人の新規事業として、障害の有無によらず通える場所「カミヤト凸凹保育園(認可保育園+障害児通所事業)」の開設動機にも繋がった。設計計画の段階では、建築家と議論を重ね、回廊型の廊下を配置した園舎とし、縁側(半屋外空間)が人のつながる「空間的装置」として担うこととなった。  福祉業界に身をおいて10年が経った。「福祉の内側」で用いられる言葉は、狭義に語られ合うことが多いように感じる。それはひらかれた関係ではなく、閉じた関係の中での阿吽のお作法のようなものであることも少なくないように思う。「地域包括ケア」「地域共生社会」、それら“祈り”にも似た「誰かを思う気持ち」に境界はないはずだ。そして、それらを「ひらき」、その外側にいるプレイヤーと語り合い、共感の領域を広げようとする地域福祉のヒントは「福祉の外側」にあるのではないだろうか。 文責:馬場拓也

参考文献

『コミュニティを問いなおす』広井良典(ちくま新書・2009年)

『都市革命−−公有から共有へ』黒川紀章(中央公論新社・2006年)


社会福祉法人愛川舜寿会常務理事 馬場拓也

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